#私が服を好きになった理由

Twitter上で「#私が服を好きになった理由」という素敵なお題を頂いて、洋服との関わり方の反芻を行うことに。
過去を暴露するようで恥ずかしいですが、お読みいただける方はおつきあいください。

1 原体験

よくよく考えてみると自分が洋服というものを意識し始めたのは幼少期から。
お遊戯会のタイツを拒否したことを未だに覚えている。

自我という意味では6歳の頃だろうか。
確か今でいうところのボタニカル柄のシャツを近所のお兄さんの影響で購入。
しかし父があまりに封建的な方で「シャツの裾はズボンの中に入れるもの」という不文律が家庭内にはあり、それを大喧嘩して認めさせたのが最初だった気がする。
それから事あるごとに父とは洋服のことで喧嘩をし続けることに….
(未だに父とは異星人かと思うほど何一つ合う部分がなかったり)

今思えば父との喧嘩からの「反逆精神」という部分が根底にあり、それをどう自分なりに表現するのか?という部分が大きな幹になっているような原体験なのかなと。

2 思春期

福岡の片田舎で育ったということもあり、とにかく情報に飢え、10代の頃はメンズレディース問わずファッション雑誌は片っ端から読んでいた。
(絶対に出て行ってやると思っていたのに、ITのおかげで世界がフラットになったがゆえ、今では関東よりも海外に行く回数の方が増えたんだから不思議なものだったり。)

元々バブルの恩恵を受けていない世代ではあったが、まだまだ市場は盛況。
90年代大手メゾンが迷走したと言われる時期に入り、アントワープからの新しいクリエーションが台頭をし始め、国内では裏原宿の下地が出来る兆しが見え隠れしつつ、一方でUSAからのHip Hopを源流としたストリートカルチャーの流入など挙げだしたらきりがないほど多様性に富みだした環境。
90年代半ばには福岡にも様々な商業施設が生まれ、洋服をみることには困らなくなる時代にちょうど差し掛かっていた。

おかげで週末には買えないながらも片っ端から洋服や靴を見に行く、学校にはほとんど行ってない典型的なファッション大好き学生。
ちょうどヴィジュアル系バンドブームも隆盛を極めたことから、ライブ衣装を含め、このジャンルだけという変な固定概念もなく、とにかく雑食だったことが今のクリエーションに反映されているような気がする。

3 影響

そんな選択肢の増えた環境の中でも大きく分けて三つの影響が今の自分を作っていると感じてる。

まず自分が起業をするきっかけにもつながることになったスニーカーカルチャー。

マイケル・ジョーダンが一度目の引退した時期にたまたま見た深夜放送で、メチャクチャなプレーをする彼の足下に釘付けになったことを覚えている。
当時NikeやReebokのハイテクシューズをファットなデニムとナイロンジャケットで合わせたアウトドア系黒人ファッションにとても魅かれ、スニーカーの機能性や洋服生地の機能性とは何ぞやを知ることに。
それ以降、シューズにも洋服にも機能美という物を求める意識が刷り込まれたと思う。

これが高じておかげて90年代からバイヤーの見習いごとをしながら、2000年代初頭にスポーツ系セレクトショップから起業をスタートし、スニーカーの本を二冊も出版することになるんだから影響とは恐ろしいもの。

次にラルフローレン。

渋カジの名残とヴィンテージブームの中あっても、唯一彼らが新作でも認めていたのがラルフローレン。
古着が苦手な自分は前述したスニーカーとの相性も抜群のラルフローレンにどんどん傾倒。

シンプルなLA的西海岸スタイルはこの頃から一向に変わることなく自分の中に定着。
ラルフローレンに影響を与えたブランドなど、片っ端から深堀していったけれども、やはりラルフローレンの影響力にはかなわない。

今では彼が生きてる内に対等に話せるようになることが1つの目標。
自分のクリエーションの源流と言える。

最後にバンドブーム。

10代の頃はわかりやすくバンドブームだったこともあり、当時の様々なアーティストの衣装に影響を受けたのを覚えている。
少しだけ上の世代は肩パットの入ったジャケットなどに感化されていたが、個人的には好きになれなくて、スッキリとしたフォルムの衣装ばかりに目がいっていた。

そうなるとやはり目がいく物はしっかりとした縫製のモードブランド。
バブル後とはいえ上質なインポート物は盛んだったし、まだまだ国内縫製工場が元気だった頃の縫いにこだわった極上品に片っ端から触れていたことは、今の品質管理に大きな影響を及ぼしている。

様々なブランドに触れていたのだが、わかりやすく憧れていたのはヴィヴィアン・ウエストウッドとダーク・ヴィッケンバーグのシューズライン。
特にダーク・ヴィッケンバークのヒール穴にシューレースを通すレースアップブーツは未だにある種の憧れがある。

時代背景としてヴィジュアル系全盛期だったこともあり、ヴィヴィアンのレディースで固めたSHAZNAを見た時のカルチャーショックは未だに忘れられない。
「男だって着たいものを着ても良いんだ」というフリーな思想と恋バナなら3時間くらい余裕で話せる素地はココでできた気がする(笑)

またゴシック系なども合わせてしっかり影響を受けているため、いつか自分のブランドでダークなラインが出来たらいいな、なんて思うことも多々。

憧れは置いておいて環境的に手に取りやすく、当時よく着ていたのはY’s for menやDanna Karanのスーツなど。
カジュアル以外はスーツで固めた、ませた10代でした。

ざっと挙げてみると、本当に可愛くない子供だったなと思います(笑)
今のブランドにおける「高機能」+「高品質」+「西海岸スタイル」はこうやって書くと素地として、しっかりと認識できますね。
自分でもビックリです(笑)
最後までお読みいただきました皆様、誠にありがとうございました。

また、バトンを頂きました「池田篤也 @atsuya2000」さん、誠にありがとうございました。